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教会だより

「もう泣かなくともよい」 ルカによる福音書7章11-17節(2/15説教)

 主イエスは、一人息子の死を悲しむやもめを見て憐れに思い「もう泣かなくともよい」(13節)と言われました。主イエスはどういう意味でこのように言われたのでしょうか。主イエスはこの時、御自身の十字架の死と復活を考えておられたのです。その中から、このようなお言葉をかけられたのです。

 主イエスは既にご自身を十字架に献げておられたのです。どんなに困難であっても父なる神を信じ、十字架の苦しみに耐え抜くことを通して、神の全能の御力によって死から甦らされることをお考えになっておられたのです。いや、既にその復活の命の中に生きておられたのです。主イエスは既に死に勝利する復活の命の中に霊的に(聖霊の働きの中で)生きておられたのです。その中から、主イエスはやもめに「もう泣かなくともよい」と言われたのです。

 死に勝利する神の全能の御力があるのだから、その御力の中に生きている者(主イエスご自身!)がいるのだから「もう泣かなくともよい」と、そういう意味を込めて主イエスは言われたのです。

 「若者よ、あなたに言う。起きなさい」(14節)と語りかける主イエスの御言葉に、死人を甦らせる神の全能の御力が働くことによって、青年は生き返えらされたのです。青年は生き返っても、再び神のもとに召される身であることに変わりはありません。しかし、青年も母親も神の全能の御力に生きる恵みを知ったのではないでしょうか。何より、その御力に生きておられる主イエス・キリストを知ったのではないでしょうか。そして主イエスを信じて平安の中に生きる信仰の生活を知ったのではないでしょうか。

 限りあるこの世の生活の中でそのような信仰生活を送ることができるように導かれたことが、この母と息子にとって最も幸せなことだったのではないでしょうか。

牧師 柏木英雄