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教会だより

「わたしの羊を飼いなさい」 ヨハネによる福音書21章15-19節(5/10説教)

 「三度目にイエスは言われた。『ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。』ペトロは、イエスが三度目も、『わたしを愛しているか』と言われたので、悲しくなった」(17節)とあります。復活の主イエスが三度「わたしを愛しているか」と問われたのは、明らかにあのペトロの三度の否み、「そんな人は知らない」と三度、十字架の主イエスを否んだ否みを念頭に置いておられたからです。ペトロはそのことに気づいて、改めて心に痛みを覚えたのです。

 あの時、ペトロは本当に「知らない」主イエスの側面を見たのです。今まで主イエスは力強く、正しく人を裁く御方であったのに、あの時は大祭司の前でまるで一人の罪人のように裁かれる立場に立たれたからです。その主イエスを見て「そんな人は知らない」と言ったのは、正直なペトロの気持でもありましたが、「そのような人」の弟子であることは嫌だと思ったことも、事実でした。弁解の余地のないペトロだったのです。

 復活の主は、そのペトロに名誉回復の機会を与えてくださったのです。あえて三度「わたしを愛しているか」と尋ね、ペトロが(今こそ!)三度「主を愛します」と語ることによって、汚名を挽回する機会をペトロに与えてくださったのです。

 ペトロは、今こそ、心の底から主を愛する者となったのです。なぜなら、主イエスはどんな罪を犯しても「お前はだめだ」とは決して言われない御方であることを知ったからです。どんなに弱く、愚かで、罪深くても「あなたの罪はわたしが十字架の死によって担っているから、安心して、わたしの復活の命によって罪清められた者として生きなさい」と常に御自身へと招いていてくださる復活の主の限りない愛を知ったからです。今こそこの主に頼り、主の助けの中で、主の羊を飼う務めに励みたいと心の底から願ったペトロだったのです。

牧師 柏木英雄