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先週の説教より

「お言葉どおり、この身に成りますように」ルカによる福音書1章26-38節(12/4説教)

 マリアは自分に子供が与えられると天使から告げられた時(31節)、「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」(34節)と答えました。結婚の経験のない自分に子供が与えられることなどあり得ない、と思ったのです。そのマリアに対して天使は、「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない」(35~37節)と語ったのです。

 この天使の言葉が「神の言葉」としてマリアの心を捕らえたのです。親類のエリサベトが不妊の女と言われ、年をとっているにもかかわらず、子供(男の子!)を与えられ、すでに六か月になっていると天使から聞かされ、その上で「神にできないことは何一つない」と言われた時、マリアは「本当にそうだ、信じ難いことだけれど、本当に神は全能の御方で、神にできないことは何一つない」と心の底から思う(信じる)ことができたのです。その時、結婚の経験のない自分に子供が与えられることなどあり得ないと思っていたマリアの心が砕かれ、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と言って、自分の身に与えられた自分でも信じ難い神の御業を心から受け入れることができるものとされたのです。

 マリアが天使の言葉を「神の言葉」として聞いた時、まさに「聖霊が降り、いと高き方の力」がマリアを包んだのです。この聖霊の助けの中で、マリアは心から自分を神に委ねるものとなることができたのです。クリスマスの出来事は、ここから真に実現への道を辿ることができたのです。

牧師 柏木英雄