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先週の説教より

「死者の初穂となられた」 コリントの信徒への手紙一15章20-28節(2/2説教)

 20節に「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました」とあります。「初穂」とは「最初の実り」と言うことです。そうであれば、キリストと同じように死者から復活する人々がいるということです。ただそれはキリストを信じ、キリストの復活の命に与ることを通してのことです。それによって信じる者たちもキリストと同じように復活するのです。

 23節に「ただ、一人一人にそれぞれ順序があります。最初にキリスト、次いで、キリストが来られるときに、キリストに属している人たち~」とあります。またⅠテサロニケ4章15節にも「主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません」とあり、信じる者たちの復活に「順序」があると言うのです。先に召された者が先に復活し、後に召された者は後に復活し、その順番に混同や混乱はないと言うのです。このことは何を意味しているのでしょうか。

 それは、神が一人一人の地上における信仰の歩みを丁寧に、真剣に、真実に見ておられるということを意味しているのではないでしょうか。天の神が主イエスの十字架の死の真実をご覧になり、それによって主イエスの復活が実現したように。つまり、神が信じる者たちをご覧になることにおいて混同や混乱はない、他の人と間違えることは決してない、ということです。その時、神はエンマ大王のように厳しく私たちを監視するのではなく、キリストの十字架の死に基づく限りない愛と赦しをもって、しかし、真実に一人一人の信仰の歩みをご覧になるのですが。

 そうであるなら、その神に対して私たちなりの誠実さをもって生きることが求められているのではないでしょうか。自らの罪を正直に神の御前に言い表しながら、キリストの十字架と復活の霊的な恵みの中に生きていくことが求められているのです。そのような私たちが地上の命を終えた時、主の復活の命に与って復活し、神との永遠の交わりの中に生きる者とされるのです。

牧師 柏木英雄