先週の説教より
「主の仕事にいそしむ」 コリントの信徒への手紙一16章1-12節(3/9説教)
1節に「聖なる者たちのための募金については」とあります。「聖なる者たち」とはエルサレム教会(3節)の貧しい人たちのことです。エルサレム教会は異邦人教会にとって、異邦人教会がそこから「霊的なもの」(福音)を与えられた「母なる教会」(母教会)です。そしてエルサレム教会は周囲をユダヤ人に囲まれ、精神的にも物質的にも極めて困難な状況に置かれていました。そうであれば、そのエルサレム教会を「肉のもの」(募金)をもって支えることは異邦人教会のなすべき「義務」である(ローマ15章27節)とパウロは考えていたのです。
またパウロ自身、自分がキリスト教会の仲間入りを果たす上でエルサレム教会から大きな恩義を受けてきたと考えていたのです(なぜなら、パウロはかつてキリスト教徒迫害者であったから)。それ故にパウロは、手紙の最後の16章冒頭でエルサレム教会への募金について語っているのです。
10節以下にテモテのことが記されています。パウロとコリント教会の険悪になった関係を修復するためにコリント教会に派遣されたテモテついて配慮に満ちたパウロの言葉が記されています。「テモテがそちらに着いたら、あなたがたのところで心配なく過ごせるようお世話ください。わたしと同様、彼は主の仕事をしているのです。だれも彼をないがしろにしてはならない。わたしのところに来るときには、安心して来られるように送り出してください」(10~11節)。実際には、テモテは所期の目的を果たすことができず、失意のうちにパウロのもとに帰り、代わってテトスがコリント教会に遣わされ、テトスの老練な働きによってパウロとコリント教会の関係修復が果たされたのです(Ⅱコリント7章5節以下)。
テモテはパウロと共に「主の仕事」(15章58節「主の業」と同義)に励んだのです。主の仕事に励んでも、必ずしも現実が改善されることはないかもしれません。しかし、主の仕事にいそしむ者は、主の豊かな霊的な祝福の内に感謝と喜びをもって日々を生きることができるのです。
牧師 柏木英雄