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先週の説教より

「主のもとに立ち帰らせる」(アドベント第2主日) ルカによる福音書1章5-25節(12/7説教)

 主イエスの「再臨」とは、「隠れて」働かれる主イエスが誰の目にも明らかな仕方でご自身を現わされる時のことです。そうであるなら、主イエスは「隠れた」メシアとしておいでになったのです。それ故に「この方こそ神から遣わされたメシアである」と先立って証ししてくれる存在が必要であったのです。

 それがメシアの先駆けとして生まれたヨハネです。「その子は~イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、~逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する」(14~17節)とある通りです。

 それ故に、主イエスの御誕生の前にメシアの先駆けとしてのヨハネの誕生が語られなければならなかったのです。ルカ福音書が主イエスの御誕生の前にヨハネの誕生を語っているのはそのためです。それなら、クリスマスの出来事はメシアの先駆けとしてのヨハネの誕生から始まっていると言えるのです。

 ヨハネの誕生は旧約聖書の信仰の「完成」の中で実現されたと言えるのではないでしょうか。「二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった」(6節)とあります。神の赦しと助けの中で神の律法を守るという点で「非のうちどころがなかった」のです。「彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた」という人間的には困難な状況の中にあっても、すべてを神の御心として受け入れていたという点で、彼らの信仰は非の打ちどころがなかったのです。

 そこに旧約聖書の信仰の「完成」があるのではないでしょうか。神は、この旧約聖書の信仰の完成の中で、旧約聖書が目指す新しい信仰、御子イエスの十字架と復活の出来事に基づいて、人が聖霊によって新しく生まれ変わって生かされる信仰を始められたのです。

牧師 柏木英雄